第三章



愚かなる表現者として笑われたい僕〜A



 ——皆さん、あの口うるさい女狐は、いま仕事に出ているのです。それにしても、まったくタフな金満家と言わざるをえないのです。なんせ、誰だって夏バテしてしまうこの時期に、まるで休むということを知らないんですからねえ…。ひょっとすると淫乱の歯止めが壊れちゃってんのかも知れませんねえ、ハハハ。
 尤もそのおかげで僕は、この鬼のねぐらをすべて仕事場として占拠できるっちゅうわけですよ。ま、これが鬼の居ぬまの命の洗濯ですね、ハハハ。
 そんなわけで僕が命の洗濯してる間にも鬼ババは、実りのない男の欲情という生き血を次から次へと飲み尽くしているはずですから、今日もまた、醜く肥え太り得意満面に帰ってくるはずなんです。皆さん、あの鬼ババは帰ってくるなり何んて言うと思いますか? 
 たいていはこうなんですよ、「ハァーイ、どお、あたしのために、狂おしいほどの純愛で嫉妬してくれてた?」ってわけですからねえ、もう、かなわないすよ。
 あれでも店じゃ、ナンバーワンだそうですからねえ、あの性格で、良くも客商売が勤まるもんだと関心してるんですがね。尤も売り物は性格なんかじゃなくて、あの身体のほうでしょうから、なんとか若さに任せておけば、ごまかしが利くってことなんですかねえ…。無論、本人はきっぷの良さが売り物だなんて思ってるかもしれませんけどね、ヒヒヒ。
 それにしても彼女たちのために貢いでくれる善良なる男どもは、<空しさのために欲情する空しさ>を知りつつもなお欲情を楽しめる悟り切った遊び人たちなんでしょうかねえ? これはここだけの話なんですがね、こうセックス遊戯の物価が高騰してしまったんじゃ、僕のような失業者には、セックスのために金を払ってまで遊び人になる余裕なんかありませんからねえ…。え? ほんと、ほんとですよ、僕はヒモだなんていったって、ご承知のようにペット的情夫にすぎないわけですから…、遊ぶ金まではなかなか引き出せないって次第ですよ、ハハハ。
 ああ、失礼、つい解放感に浮かれて、すっかり無駄話をしてしまいました。
実はどうしても、皆さんに直接語り掛けるという方法を取らざるをえない事情がありまして…、そうです、つまりこれは、彼女には内緒にしておきたい話というわけなんです。なんせ相手は抜け目のないあの女狐のことですから、僕の内なる叫びというようなものは、なかなか皆さんに打ち明けるチャンスがないんですよ。
 それで皆さんもご承知のこととは思いますが、先日は僕の宗教的な試みというものが散々な結果に終わってしまったにも関わらず、この無念の思いすら誰に聞いてもらうこともできなくて、実に悶々たる日々を送ってたというわけなんです。そこで今日はせっかくのこのチャンスですから、今さら愚痴なんか並べても仕方ありませんので、なんとかいま再び、ここで<救世主>として復活できる方法を皆さんと一緒に考えたいと思ったというわけなんです。
 つまり、そのための足掛かりと言いましょうか、そのための既成事実としての情況設定とでも言ったらいいのでしょうか、そのようなものを皆さんとの間で取り決めておきたいというわけなんです。ところが、なんと申しましようか、誠にお恥ずかしいことなんですが、その…、皆さんを勝手にお引き留めしておきながら、今さらこんなことを申し上げるのもなんですが、どうも、これと言った好い方法が見付からないのです。
 無論僕としては、一気に<神的表現者>にでも成り上がれるほどの情況設定を試みるつもりではあったのですが…、いや、どうも、今さらながらに自分の凡庸さに呆れて嘆き悲しむことのみならず、あの呪われた女体なくしては己の禍々しい言葉さえ吐露しえぬという愚かしさに、まったく顔を赤らめる次第なんですよ。そんなわけで僕には、今さら<小説家>のごとき想像力が突然に授かるわけもありませんので、何はともあれここでは、僕が皆さんに直接語り掛けることが出来るという、この対話の道が拓かれているという事実こそを、まず認知しておいて頂きたいということなんです。
 そこでなんですが、とにかく僕は、この<物語>では、どれほど自分の凡庸さや愚かしさに突き当り閉塞情況に追い込まれようとも、ここに踏み止どまり自分で解決しておかなければならない問題を抱えているというわけなんです。
 つまり、それは…、この茫漠たる情熱とでも申しましょうか…、お恥ずかしいのですが、ちょっと見てやってください。これなんですが…、これですよ、ああ、失礼!! ハハハ。実はこのギンギンと欲情しつづける体質こそが問題なんです。まるで睡眠不足の欠伸のようにとめどなく込み上げてくる欲望が、この無力な僕を、あの栄光ある<表現者>へと駆り立てておきながら、無残にも憂欝へと突き落とすのです。もはやこの<愚かしさ>は、今さら誰に指摘されるまでもなく、僕の柔な反省力なんかじゃどうにもならないと悟るばかりなんですよ。
 そこでひとつ、皆さんに是非ともお願いしたいことがあるんです。いえ、決して無理難題をお願いするようなものではございません。ただ、ただこの僕の悍しいほどの<ひたすらさ>を、バカな奴めとお笑い頂きたいのです。そ、そうです、この僕の<愚かさ>を笑ってやってほしいのです。
 僕は、どんなに皆さんに笑われようとも、このギンギン的体質を抱えて生きざるをえない以上、あの<神的表現者>に憧れつづける<救世主>への道を<ひたすら>進むしかないと諦めましたので、皆さんはそのバカバカしさをただ笑って下さればいいのです。
 つまりこの<物語>のために、ここで僕がただひとつ情況設定しておきたいことは、皆さんの冷笑の中にこそ、己の自尊心を投げ出し反省の糧にしたいと決心したということなのです。とにかく、この哀れなギンギン的体質こそを、無情なほどの冷たい眼差しで笑ってやって頂きたいのです。

 アッハハ。読んじゃったわよ!! ホラッ、起きなさいよ!!

 ——ん? ウウウ…、んん? オッ、ウオオッ!! いっけねえ、眠っちゃったのか…。

 鬼ババで、悪うござんしたわねえ!! 

 ——ええ? こ、これ読んじゃったの!? いや、こ、これは…、その…、つまり<劇中作家>の戯言ですよ。ほっ、ほんとだって…。冗談、冗談に決まってるじゃん。

 ふうん…。今夜は楽しい夜になりそうね。

 ——またまた、ヒトを脅すようなこと言っちゃって、もう…。
 そんなことよりさ、いつ帰ってきたの? 全然、気が付かなかったよ。

 今さっきよ。あんまりよく寝てたから、起こさなかったの。優しいでしょう?
で、食事はどうしたの?

 ——う、うん、駅前のソバ屋に行った。バンバン汗かきながらね…。

 そお…。じゃ何んか飲む?

 ——ああ、ビールがいいね。しっかしまあ、よく寝ちゃったなあ…。汗グッショリだ。まいったまいった…。おおっ、どうも、ありがと…。
 ウィー、染みるねえ、うまい!! 
 いやあ、お疲れさま、お疲れさまでした。どお、大いに稼げましたか?

 まあね。

 ——そりゃ結構。しかしねえ、ボカア、愛する女がよその男に抱かれてると思っただけでね、もう気が狂わんばかりの嫉妬に身を焦がしてましたよ、ハハハ。

 バァーカ。そんなこと言ったって、その内緒話の言い分けなんかにはならないのよ。

 ——まあまあ、とにかく、これは軽い冗談。せっかく買ったワープロだからなんて思ってね、つい、いたずらしてただけですよ、ハハハ。

 だったら、なにも、そうやって印字までしなくったっていいんじゃないの? まあ、どうせ、あなたの本音は十二分に分かってるんだからいいけどさ。
 だけど、何よ? それ? 
 あなたねえ、自分の醜態を晒してヒトビトの<笑い>を勝ち取ろうなんて、まあ、いかにもあなたらしいけどねえ、そんな卑屈な発想で<物語>を語っていこうなんて、まったく、呆れちゃうわよ。確かにねえ、あなたのそういう卑屈な態度はねえ、冷たい失笑で抹殺しなけり胸糞が悪くてしょうがないって感じだけどね…。
 でも、そんなことして何になるのよ? もっと健全な発想っていうのは出来ないの?
 それにしたって「これは喜劇ですから皆さん笑って下さい」なんて口上だけじゃ、誰も笑ってくれっこないけどね。もしもねえ、本気で笑って欲しいんだったら、あたしたちの<物語>によってこそ、<笑いの事件>を喚起しなけりゃならないってことよ。
 あなたにそういう芸当ができるなら、あたしも歓迎よ。ま、できればバカ笑いの祝祭みたいのがいいわね、どお?

 ——君ねえ、君がそういう無理難題を僕に押し付けるからこそ、僕は、自分の惨めさを笑ってもらうしかないところへと落ち込んじゃうんじゃないか…。

 ハハァーン、そうか、あなたの企みがだんだん見えてきたわ。
 いまだ捨てられない<救世主>への熱い思い…、しかも、恥も外聞もない<ひたすらさ>で玉砕覚悟の情熱ってわけね。あなたって人は、ほんとうに執念深い体質なのねえ。

 ——へえ、君の歳で、玉砕なんて死語を知ってるんだ!? んじゃ、ついでにね、対概念を為す瓦全(がぜん)って言葉を教えてあげるよ。そもそもこの対句はね、無価値な瓦となって生きるより、いさぎよい玉となって死んでまえって意味だからね、無駄死にを美化するやけっぱちの美学ってわけさ。ま、こういうのが暴力的な権力者なんかに一番悪用されやすい思想ってわけだね、ハハハ。
 そこでね、ひとこと言わせてもらえるならば、僕としては、むしろこの<物語>で無価値な<劇中作家>としてだね、失笑ものの<愚かさ>を生きつづける瓦全の道をえらんだってわけさ、ね。誤解されちゃ困っちゃうんだよねえ。

 ダメダメ、そんなカビ臭い知識なんかじゃごまかされないわよ。あなたのような卑屈な権力志向の場合はね、自分の利益のためなら当然手段なんか選ぶはずはないんだから、瓦全なんて言葉で安心させてヒトビトを玉砕させるくらいのことは平気なのよ。
 つまり、その内緒話における<笑いの仕掛け>という情況設定こそが、この<物語>を玉砕させるための瓦全だっていうこと、どお?

 ——と、とんでもない!! 君は、いつも勝手な<物語>を作っちゃ僕を非難して遊んでるけどねえ、僕は、徹底的な自己批判の結果ですよ、もはやこの<物語>において信仰者として生きるためならば、ヒトビトに嫌われてしまってもいいから己の<愚かさ>を生きようと決心したってわけさ。
 それは当然のことながら、親愛なる読者であるヒトビトの冷笑を、あるいは嘲笑を一手に引き受けることになるはずだけど、僕は、この試練に身を晒す覚悟をしたってわけですよ。どうです、この巡礼者にも似たいじらしいほどの信仰の姿は…。

 あたしはねえ、あなたのその信仰が<権力信仰>だからこそ警告を発してるのよ。
 そもそも<笑いの仕掛け>っていうことは、<笑ってもらう>ことで<表現者>としての創造的な主体性を獲得しようって企みなんだから、あなたの醜態がヒトビトの蔑みの笑いを期待していることこそが、形振り構わぬ陰険な手段で<物語>を牛耳る企みに他ならないってことなのよ。

 ——君は、そんなことを言うけれどねえ、幸か不幸か僕の醜態がヒトビトに笑われることがあったとしてもだよ、たとえ<劇中作家>であれ<表現者>は、自らの創造的な主体性を獲得すべきだと言っていたのは、正に君のほうなんだよ。

 だけどねえ、あたしがあなたのその企みを玉砕といった訳はねえ、あなたの失笑ものの醜態が、結局はこの<物語>を<失敗作>として葬り去ろうとする企みだからなのよ。
 つまり、あなたは単に<劇中作家>としての主体性を獲得することが目的ではなく、この<物語>を抱えて失敗の闇へと玉砕することで<神的表現者>へと生まれ変わろうとしてるってことなのよ。しかもあなたは、この企みにたとえ失敗したとしても、その失敗すらを踏み台にして偽造された<失意の物語>に<救世主>として復活するつもりじゃないの? そうでしょう?
 あたしはねえ、あなたの擬装心中事件なんかに巻き込まれるわけにはいかないのよ。

 ——それは、君の思い過ごしだって…。

 あなたねえ、たとえそれが思い過ごしにすぎなくてもよ、あなたはそのように思わずにいられない可能性の真っ只中にいるのよ、分かってるの?
 だけどさあ、どうしてそれまでして、あんな古臭い欲望で武装したがるのかしらねえ? ほとんど時代錯誤の貴族趣味とか帝国主義の亡霊としか言いようがないのにねえ…。もっともこれは、カッコ好い悪いの問題じゃなくて、人間ってやつは、あなたのような無反省な暴力者としてしか生まれてこないという事実として認識すべきなのね、きっと…。

 ——だいたい君の言い方は、大袈裟なんだよ。僕はあくまでも<劇中作家>としてだよ、この<物語>における君との愛の関係を維持発展するための道を探っていたら、この<愚かなる表現者>に突き当たったということさ。それだけのことさ。
 だからね、たとえ<愚かなる表現者>が<愚作><駄作><失敗作>の大家だとしてもだよ、<劇中作家>がそう呼ばれたからって、何も<物語>を抹殺してしまうことになんかなりっこないじゃないか?
 むしろ僕としてはだね、君の言うように様々な価値観がことごとく相対化されていく時代にあってですよ、あの憧れの<小説家的才能>にしたところで、その評価さえもが曖昧にされていってしまうようなときにだね、僕のような<凡庸なる作家>のみならずあまねく<表現者>が、未来に向かって決然と主張しうる最後の名誉っていうのは、もはやこの<愚かなる表現者>の栄光をおいては考えられないってことさ。
 その意味からしたってだよ、僕の目指すものは断じて懐古趣味なんかじゃないってことだね。しっかりと、<物語>の未来を見定めてるってことさ、ハハハ。

 ああ、あなたの羞恥心の欠如というか、無反省ぶりというか、厚顔無恥というか、ただただその茫漠たる情熱には関心させられるばかりよ。
 それにしても、どうしてそんなに<愚かなる表現者>なんかにこだわるのかしらねえ? ただ単にいじけただけって感じでもないんだから、それはより積極的に体制的な価値観とか形骸化した技巧主義に媚びることを良しとしない反動的な情熱ってことなの?

 ——こ、これは反動なんかじゃなくて、正に君の言う新たなる役柄の創造ですよ。どうです、そう思いませんか? しかもこれは、常識・文化・制度に対する解放の戦いなんですよ、ハハハ。ついに、僕も立ち上がったっちゅうわけですねえ。

 それ、それなのよ、結局はあなたのその立ち上がりが問題なのよ。しかも、ほとんど羞恥心のかけらも感じさせない愛欲的体質によって、闇雲に立ち上がろうとするところに問題があるのよ。そもそもあなたは、あたしの<物語的意志>を無視して立ち上がることなんか出来ないのよ。
 いい? あなたの立ち上がりとは、この<物語>を抹殺することなんかじゃなくて、この<物語>という条件を引き受け<劇中作家>として自立することなのよ。それが、あたしへの愛の証しに他ならないんだから、あなたがそのギンギン的体質なんかで暴走したって<愛のドキュメンタリー>は計画倒れになるだけなのよ。

 ——だけどねえ、僕にしてみればだよ、この<ひたすら>なる情熱によって<愚かなる表現者>に徹することこそが、君の<物語的意志>に隷属する情夫としての<愛のドキュメンタリー>に他ならないと確信するわけさ。

 さあて、どうかしら…。正にその辺にあなたの下心を臭わせる何かがあるのね。かなり怪しい臭いがするってこと。
 だってねえ、そもそもあなたを<愚かなる表現者>と言わざるをえない理由とは、あたしに隷属しなければ満足に生きていけないあなたが、その隷属ゆえに問答無用で<劇中作家>に徹しなければならないにもかかわらず、あたしをも手込めにしうるあの<神的表現者>に成り上がりたいという、はかない望みを抱きつづけることの<愚かさ>であったはずなのよ。
 つまり、あなたの<愚かさ>とは、<劇中作家>に徹することで拓かれるはずの未来から目を背け、発育不全の自己愛に溺れて<あなたたりえぬあなた>へと埋没しつづけることだったのだから、そんな<愚かさ>による自己矛盾や自己不信のまま横滑りするあなたが、いつのまにか<愚かさ>を回避しえぬものと決め付けて<あなたたりうるあなた>へと開き直ることは、決して<愚かさ>への反省や自己批判なんかではなく、<愚かさ>によって武装することに他ならないということなのよ。
 それは、どうせ<愚作><駄作><失敗作>にすぎない<物語>なんかは、<読者>が止めてしまえと言ってくれることを期待するあなたが、<読者>の中止命令という切り札で、もしも<物語>の存続を望むならあたしの<物語的意志>を撤回しろという、正に弱者の恫喝とも言いうる企みだっていうことなのよ。

 ——ぼ、僕が、君を脅してるなんて、そ、そんな仁義をわきまえない無謀なことが、この僕に出来るはずないじゃないか!? 
 僕はただ、ギンギン的情熱は今さらどうすることも出来ない体質なんだから、哀しくも<神的表現者>に憧れつづけることは止められないけれど、そういう<愚かさ>こそが僕の存在理由なら、それはそれで仕方無いことだから、あえてこの<愚かさ>を背負う<劇中作家>に徹すると言ってるわけさ。

 そこが、おかしいのよ。いい? もしもよ、いかなる形であれ、あなたが<劇中作家>に徹することが出来るなら、もはやあなたは<愚かさ>を標榜することは出来ないってことなのよ。その段階であなたの言う<愚かさ>は、ヒトビトに称賛されることはあっても笑いの対象には成りえないってこと。
 つまり、あなたが<愚かなる表現者>を標榜するということは、<読者>やあたしに冷笑される惨めさを装い、その実、惨めさの反動で昂揚させた思い上がりによって、<読者>やあたしを笑いものにして生き延びようとする企みにすぎないのよ。

 ——とっ、とっ、とんでもない言い掛かりだよ。僕は、もはやいかようにも<劇中作家>以外ではありえぬと悟ったんですよ。つまり、君に隷属する情夫として身を捧げる決心をしたっちゅうことですよ、ねえ。僕は、君の寵愛を失いたくないんだ。
 どうです、なかなか泣かせる台詞でしょ? そう、誰もが言えるもんじゃないんですよ、ハハハ。

 バァーカ、あんたの無駄口に泣いてる暇なんかないの。
 とにかくあなたが、あくまでも<愚かさ>を温存させて<物語>を語りつづけるつもりならば、あなたは反省と自己批判を冒涜することによって、あたしの<物語的意志>を担うことすら出来なくなってしまうのだから、もはや<劇中作家>に徹することは不可能と言わなければならない。
 つまりその時には、<愚かなる表現者>ゆえに<劇中作家>でなければならぬという尤もらしい嘘が、<愚かさ>を戦略的な装いにする<劇中作家もどき>の戯言として露呈することになり、<愚かなる表現者>は己を欺く<愚かさ>によって、ヒトビトの失笑を獲得するまでもなく自己崩壊してしまうってわけね。
 いいこと? あたしを裏切っては、あなたの<愚かさ>さえ主張出来ないってことを、しっかりと自覚しておくことね。無論、あたしへの裏切りには、断固たる制裁を辞さないつもりだからね!!

 ——おお…、この従順なる情夫に、まだ脅しを掛けるつもりなの? 
 怖い性格ですねえ…。そもそもこういう性格っていうのはさ、愛欲を淫乱で切り売りするような過酷な労働に蝕まれた純情がね、止むに止まれず上げる悲痛な叫びからくるんじゃないの? どお? そういえば訳も無く胸の奥深いところから、ハッとさせるほどの何かが突き上げてきたり、なんとなくチクチクしたりしてるんじゃないの? ハハハ。

 残念でした、健康そのもの!! ただしねえ、あたしをイライラさせたりするものが有るとすれば、それはあなた!! とにかくねえ、どういう事情でここに<物語>が始められたにせよ、ひとたび<物語>が始められてしまった以上、あたしの<物語的意志>を甘く見たりしちゃ大怪我の元よ。
 いい? あなたが卑屈な手段で擬装心中なんかを仕組んでも、あたしがあなたとの会話を拒否してしまえば、あなたは<愚かなる表現者>で起死回生を願う以前に挫折してしまうってこと。何はともあれ、あたしの<物語的意志>が保証された<物語論物語>においてしか、あなたの<愚かさ>も笑ってもらえないのよ。

 ——だからこそ、僕は君の<物語的意志>を満足させるために、この<愚か>なまでの献身を捧げるといってるんだよ。

 あなたがねえ、その<愚かさ>の武装によって、あたしの<物語的意志>を満足させられると思うのはあなたの勝手かも知れないけどねえ、あたしは、あなたのその<愚かさ>なんていう怪しげなものじゃ満足できないってことなの。
 だから言い方を換えればねえ、あなたがあくまでもその<愚かさ>にこだわりつづけるならば、あたしは、ただちに情夫たるあなたを捨てることによってしか<物語的意志>を満足させることが出来ないってわけね。

 ——なっ、なんだ? すると君は、君なしには生きられないと告白しているこの僕を抹殺したあげく、僕の<愛の証>である<物語>の生き血をすすってまで生き延びようって腹だな? チッ、チクショウ…。
 君がその気なら、僕にだって奥の手があるんだぞ、いいか? たとえ君がこのマンションから僕を叩き出したとしても、君は僕の心までを捨てることは出来ないのだ。僕は君に付きまとい、いつか必ず君の愛か命をこの手で掴んでやる。僕は必ずやるぞ!! 

 バァーカ。なにを寝ぼけてんのよ。あなたを捨てるってことは、即刻この<物語>も破棄されるってことよ。この<物語>がなけりゃ、あなたの復讐も成り立たないのよ。それにねえ、もしもあなたが、暴力沙汰なんかであたしに言うことを聞かせようなんて思っても無駄なことよ。いい? あたしもちょっとは売れてるお姉さんなのよ。あたしのためなら命のひとつやふたつは、いつだって揃える用意があるって、やたらと元気なお兄さんたちがいるってこと。これを忘れちゃうと、本当に命取りになっちゃうわよ、ね?

 ——き、君は、そういう卑劣な手を使うのか!? いいか、そんな連中と付き合ってると、今に身の破滅だぞ!! 淫乱を金で売り渡すような生活から、もう抜け出せなくなっちゃうぞ!! いいのか?

 そうねえ、そういうのも好いんじゃないの。あなたみたいなウジウジしたのと一緒にいるよりは、ずっと刺激的で面白いんじゃないかなあ、ねえ? ハハハ。
 そもそもあたしにはねえ、発育不全のあなたを<表現者>として自立させること以外に、この<物語>を必要とする理由なんか何もないのよ。分かってんの? 本人にその気がないんなら、当然これにてチョン!! 当たり前のことでしょ?
 でもねえ、抹殺されるあなたが、あたしを死ぬほど愛した<愚かな男>のひとりとして語りつづけて欲しいと願うなら、そのための<物語>を考えないわけじゃないけどね。無論そのときの主題は、あたしへの愛こそが自己欺瞞でしかなかった男の<愚かさ>についてというわけね。
 これはもう、ほとんど<物語論物語>におけるメロドラマってとこかしら、ハハハ。

 ——ムムッ。ハハハじゃない!! とっ、とにかく、君への愛が自己欺瞞になることも知らずに献身的な愛を捧げる僕の<愚かさ>があるかぎり、君が勝手に僕を抹殺して生き延びるなんてことは出来ないのだ。
 いいかい、そもそもこの<物語>は、君が言うところの<会話>の関係でしか成り立ってないんだから、この僕がだよ、君に対する<劇中作家>として、己の凡庸さに見切りを付けないかぎり、僕の止むに止まれぬ<ひたすらさ>は、君にどのようにあしらわれようとも、勃起する男根を握りしめたままの哀しい<物語的人格性>を保証してくれるはずなんだ。つまり、僕がこの愚行を、非行を、続けるかぎり、僕を自立させずにはいられない君は、この<物語>から逃げたり抹殺することなぞ出来ないのだ。ど、どうだ!?
 ついに僕は、ヒトビトの失笑の中で、とめどなく溢れ出る屈辱の汗と涙に糞生意気なおぬしを放り込み、もはや姿形がグズグズになるまで煮込んだ淫乱の、とろけるばかりの骨の髄までしゃぶってやるのだ、ムハハ!! 
 オオッと、想像しただけでも、身震いがしてくるわ!! ムム? これは自然からのお知らせだ、ハハハ。おしっこ、おしっこ…。
 ……
 ハハハ、失敬をいたした。もはやビールなんぞは飲んでられませんよ。このジンジンと迫りくる陶酔には、ウィスキーでなければならない!! 早よ、用意を致せ!! ハハハ。

 まあ、死にぞこないのナルシストよりは、やっぱり元気なアホ男のほうがいいわね。ねえ、チーズでも食べる? 

 ——ん? 缶に入ったカマンヴェールかい? ありゃあ、あんまり好きくないねえ…

 ううん、透き通るようなエメンタールがあるのよ、実は、隠しておいたのだ、ハハハ。

 ——チェッ。勝手にしてくれ…。おおっと、ついうっかりと聞き逃すところだった。
 ムハハ、覚悟したまえ!! 君はやっぱり、僕を<元気なアホ男>として認めているじゃないか!! 正に君こそが語るに落ちてるってわけさ、どうじゃ?

 バァーカねえ、これこそがあたしの優しさじゃないの!? あたしのその<言葉>こそが、何はともあれあなたを<劇中作家>として発奮させてきたんじゃないの? 

 ——ん…、まあ、言われてみれば、そういうところも無きにしも非ずってことかな…。なんせ、最近はいじめられちゃうと、ウズウズしちゃうんだねえ…、ハハハ。

 つまりそれは、あなたが、口の悪いあたしに愚弄されるほどの<アホ男>なんかじゃないという、常に心の底に潜ませてきた熱い思いを無意識のうちに露呈しつづけてきたって言うことなのよ、そうでしょ? あなたは、ただ<愚かさ>で武装してるだけだから、語れば語るほど下心が透けて見えちゃうってわけなのよ。

 ——ムムッ…。し、しかしねえ、僕は下心なんぞは断じて持ち合わせぬ<正直者>ではあるけどね、たとえばだよ、君にね、そうやって下心とやらを見抜かれちゃうとすれば、そんな僕の<愚かさ>が残るじゃないか? ハハハ。
 まあ、僕としてはね、君が様々に指摘してくれたような<愚かさの装い>ってやつも、結局は君の指摘を待たなければ、それが<装い>として見られてしまうという事情を知りえないってわけだからね、そんな<愚かさ>を引きずる僕は、ずっと<アホ男>でなければならないだろうってわけさ、ねえ。
 だいたいねえ、君の<思考ゲーム>ではどうか知らないけど、そもそも<愚かさ>なんていうものには<アホの領域>と呼べるものがあるわけじゃないんだよ。つまり<愚かさ>は、その<愚かさの領域>が曖昧であるがゆえにも<愚か>でありつづけるわけさ。
 だからね、君の言うように、<愚かさ>を反省したり自己批判したからって、たちまち<賢く>なれるわけじゃないだろうし、まして<愚かさ>なんてものは茫漠としてるわけなんだから、なかなか反省や自己批判の網に掛からないんじゃないの? ハハハ。

 あなたねえ、それだけ<愚かさ>についての的確な自覚があれば、もはやあなたの<愚かさ>は<反省的な賢さ>と呼び換えられてしかるべものなのよ。それなのによ、まだ<愚かさ>にこだわるってことは、あなたが怪しげな下心を隠すために<愚かさ>で武装しようとしているとしか考えられないじゃないの? そうでしょ?

 ——むむ…、そ、それはねえ、たぶん君がね、僕より賢いために生じる情況判断の差異ってことじゃないの? つまり、僕にとっては<愚かさの領域>にあるものが、君にとっては<愚か者の企み>として見えるってことさ。ただ、それだけ。

 ふうん、そうか。あなたの<愚かさの装い>っていうのは、結局<悪賢さ>って言えば、あなたも納得できるってわけね。ハハハ。

 ——き、君ねえ、僕は君への<愛の証>になればと思ってだね、自分の<愚かさ>を君の<賢さ>に対して懴悔してるんだよ。それなのにさ、僕のこの献身的なまでの愛情表現をまるで受け止めてくれようとはしないんだから…。

 へえ、それじゃ、その<愛の証>ってどこにあるのよ? まさか、その内緒話ってわけじゃないんでしょ?

 ——ここに、ホラ、立派な顔した奴がいるじゃないですか? 見せろとおっしゃるなら、すぐにでも出してお目に掛けますよ。これが<愛の証>でなくていったい何んだと思ってたの、ハハハ。
 つまりね、この内緒話はギンギン的愛欲の告白に他ならないんだから、これがヒトビトにとっての蔑みの対象であるがぎりは、問答無用に<愚かさ>の証明になりうるってわけさ、ねえ? そもそも僕が語りうる<愛の証>とは、<愚かさ>ゆえの献身的な情熱によってしか示しようがないんだから、僕の股間で君の愛に献身を誓う情熱も、内緒話も、すべて<愛の証>に他ならないってわけだね。

 さあねえ…、どうかしら? あなたが、その内緒話のなかで言ってる<愚かさ>っていうのは、そこでデカイ面をしたギンギン的体質が、すでにあらゆる可能性を絶たれたはずの復活欲求を抑えることが出来ずに、いまだに<救世主>に向かって勃起しつづけているという意味の<愚かさ>なんじゃないの? そこからすればよ、<愚かさ>ゆえに<劇中作家>に徹するということは自己矛盾なのよ。
 ま、あなたが、その自己矛盾という言葉が嫌いなら、それはあなたの<信仰生活>という自愛的態度からくる<事実誤認>にすぎないってことなのよ。だから、あなたの陳腐な陶酔感も、結局は信仰上の個人的な確信に基づく<幻想体験>ってわけね。この<幻想体験>を<事実>だなんて主張しうるのは、あなただけの<宗教物語>でしかないのよ。
 つまり、これは<宗教物語>なんかじゃないってこと!!

 ——オオッ!! 君こそファッショだ!!
 そもそも宗教とは、どんな<物語世界>においても志向することの許されたものとして、人間本来の在るべき姿を、自分の問題として見定める知見であり生きざまであるはずなんだ。だからこそ、僕のように虐げられた者のみならず、あまねく苦悩者の救済と良心の自由への欲求は、何人たりとも阻止することは出来ないのだ!!

 あのねえ、あなたは、あたしに同じことばっかり繰り返させてるけどねえ、あたしにしたところで、やはりこの<物語>における個々人の良心の自由を確保しつづけるためにこそ、あなたの破廉恥な企みを糾弾してるのよ? 
 とにかく、あなたの信仰上の<真実>も、この<物語>の存在理由を<文字>として見定める<存在論>においては、まったくの<幻想>にすぎないってこと。つまり、ここでは対等な<対話者>になれないっていうことね。その意味においては、あなたが柔な<劇中作家>として受肉したいと願う<神的表現者>の愛も、やはり同様に<存在論>によって、その虚構にすぎない身分の正当性が問われてるってわけ。
 そのくらいのことは、たとえ<愚かなる表現者>だって、自分でわきまえなさいよ。このドテカボチャが!!

 ——ドッ、ドテカボチャ!? おおっ…、故里志向の蔑視用語だ!! そ、それは、僕の出生から血筋までも疑う挑発的企みだな? おお、おかあさん!! 愚かなる息子は、あなたの尊厳までをも汚してしまったのです。お許し下さい…。
 もはや、この屈辱より立ち上がるためには、正体を無くすまでアルコールに身を浸すしかないのです。しからば御免!!

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 アアッ、また、そんな飲みかたして!! この間みたいなベッドマンになったら、今度は放っておかないよ、即刻ポイだからね!!

 ——ハハハ。平気平気。だいたいねえ、こういううまいものを水なんかで薄めて飲むやつらの味覚を疑うよ、まったく…。それにねえ、もうこうなったら、捨てられるか生き残れるかの命懸けで飲まなくちゃ、絶体絶命の愛と信仰を生きる<劇中作家>の緊張感には、どれほどの刺激にもなりえないってことさ、ハハハ。
 もう、とにかくね、<愚かなる表現者>の<愚かさ>までもが疑って掛かられるようになっちゃ、僕も根性を据えて開き直らざるをえないってことさ。だからねえ、たとえばだよ、スキャンダルによってのみ辛うじて生き残るタレントぐらいには、厚顔無恥の無知にして華麗なる自尊心を生きてみたいという、切羽詰まった存在証明の快感を禁じえないってわけさ、ハハハ。

 バァーカ。それはアルコール漬けのまま十字架に掛けられたいというマゾヒスティクな欲望でしかないじゃないの?

 ——エエイッ、やっかましい!! 僕は今、君の悪意に満ちた中傷によってこそ、十字架へと駆け昇り<救世主>として復活してみせるぞ!!

 ねえ、それは十字架じゃないわよ。慌てて昇ったりすると取り返しがつかないことになっちゃうわよ。それは<物語>を裏切った者だけが昇る十三階段なんだから…、気を付けてね、ハハハ。

 ——それそれ、君は、そのいつもの陰険な高慢さと、僕を隷属させる<サディスティクな悪意>によって、<読者>であるヒトビトを幻惑させ扇動して<暴力的な悪意>を喚起することのみならず、在りもしない<愚かさの装い>なんかを<捏造する悪意>によってさえも、僕に<救世主>への道を拓いてしまうのだ。
 つまり、あまねく苦悩する者の哀しみとそれを救済しようとする<善意>を冒涜する<一切の悪意>は、もはや取り返しのつかない<愚かさ>によって、無残にも僕の<宗教的なる善意>を抹殺することにより、この<物語>を抹殺しようとする者の<一切の悪意>を、僕が自己完結的に贖うことを可能にしてしまうからなのだ。
 ここで僕の<ひたすら>なるギンギン的情熱は、<神的表現者>の愛に感応して<劇中作家>という哀しみを<物語>の外へと押し上げて、今度はあの<私小説家>とも言いうる肉性の<救世主>として復活し、<神>の名のもとに荒廃した<物語>を再建し愛の傷みをことごとく癒すのだ。この時に僕は、不本意ながら君の企みによって<悪意の物語的人格>にさせられてしまった<読者の愛>をも、ことごとく救済する<救世主>として君臨するはずなのだ!!
 ところが君は、その悍しき性格によって僕を<貶しめる悪意>を回避しえぬために、救いのない<物語>に幽閉されてしまうのだ。ヒヒヒ、どうだ!? もしも来るべき<神の時代>に、己の魔性によって呪われた<物語的人格>を祝福された愛によって蘇生させたいと願うなら、この僕の広大無辺な愛による救済を待たなければならない、ハハハ。

 あなたねえ、今さら<善-悪>なんていうカビだらけの価値観なんか引っ張り出しても駄目にきまってるじゃないの? 
 そういうのを<実体主義的な価値観ごっこ>って言うのよ。ねえ、ここは実体主義的な価値なんかが存在しない<物語論物語>なのよ。ここではことごとくの価値観が、相対化された役柄に還元されてしまう<関係性の世界>だってことを忘れちゃったの?
 そういうのはねえ、貧りつづける自己愛を温存させるために<信ずる>という自己正当化の欲望によってしか遊べない遊びだから、喜怒哀楽のことごとくに<私たりうる私>なんかを捏造するのと同様に、何んにでも<何かが何かで在りつづける>ことを当然とする臆断や幻想を抱き、いつの間にか<実体的な価値>を捏造してしまうってわけね。
 こういうふうにね、とめどない欲望によってしか遊べない遊びっていうのは、自らの欲望によって自滅しちゃうのよ、分かる?

 ——いいや、まったく分からないね。だいたい<信ずる>ことが悪意に満ちた遊びでしかないなんていうのは、それこそが悪魔の知恵に呪われた者の言葉なのだ。

 またあなたは、勝手な解釈をするんだから…。いい? あなたの<信じなければいられない>なんていう自愛的欲望は、しばしば自分の<信仰>だけを<善意>と見なす<悪意>に呪縛されてしまうから、そんな<悪意の暴力>はヒトを傷付け自らをも傷付けることを避けられないはずだってこと。だから、どうせ<信じなければいられない>のなら、せめてすべてを笑って流せる<遊び>に留どめておきなさいって言ってるのよ。
 ねえ? たとえばあなたがよ、どんな苦労人であろうとも、あなたの勝手な苦悩や苦痛ゆえの歪んだ自己認識なんかでは、他人を救われない苦悩者とか世間知らずの幸せ者だなんて評価することに、どれほどの正当性も持たせられないってことなのよ。
 つまりねえ、あなたみたいな偏向した<宗教患者>が、誰かに対して「あなたは自らが救われていないことに目覚めなさい」なんて回心を迫るのは、他人を苦悩者へと貶しめる大きなお世話にすぎないってわけ。

 ——き、君は、救済を不当に歪曲しているのだ。そもそもヒトの苦悩を救うということは、ヒトの傷みに共に涙を流すことから始まるってことなんだ。君のように、無慈悲な金の亡者には、ヒトの傷みに涙する優しさなんか淫毛の先ほども有りゃしないのだ。

 さあ、どうかしら? でもねえ、ここではっきり言えることは、あたしには、あなたのような偽善者面はできないから、<愚かさ>の武装なんかで<優しさ>を強要するような奴には、たとえ抜け落ちた淫毛一本の<優しさ>だって、与えることはしないだろうってことね。

 ——やっぱり君は、そういう冷たい女なのだ。いいかい? 僕は、<救世主>として復活したならば、散々僕をいじめぬいた君をも救済しようと言ってるんだよ。そもそもヒトに救いの手を差し延べるってことは、こういうふうに無差別な慈悲として為されなければならないってわけさ、恐れいったかね、ハハハ。

 あなたねえ、それもあなたの勝手な思い込みにすぎないのよ。
 あらゆる<宗教>があらゆるヒトビトに救済の手を差し延べることは、あらゆる<宗教>が自らに課した宿命なんだから、それはそれで勝手にやって頂ければ結構なのよ。ところがねえ、<広大無辺な救済>とか<無差別な慈悲>なんていうおとぎ話に酔いしれて、あらゆるヒトビトを自らの<救済論>の可能性の中に包括しうると決め込んで、あらゆる<世界>を自らの<救済論>で支配しうるなんて思い上がることが、偽善者の悍しき欲望ってことなのよ。
 それは、勝手に思い上がった自分の<超越性>を<信ずる>ヒトビトだけを<救済>することでしかないんだから、<広大無辺>とか<無差別>どころか最も<偏狭な差別意識>の典型的な所業というべきなのよ。とにかく<宗教者>の独善性にはうんざりさせられるばかりだってこと。
 言い換えればねえ<広大無辺な救済>とか<無差別な慈悲>なんてものが、結局は誰であれそれに<目覚めた者>にしか与えられないってことは、とりあえずは誰にも与えられていないってことと同じことなのよ。つまりねえ、すでにすべてのヒトに与えられているはずのものは、何も与えられていないことと変わらないってこと、分かるでしょ?

 ——そ、それじゃあ、君は、<宗教>の存在までも否定する気なのか?

 そんなこと、誰も言ってやしないじゃないの。だいいちねえ、<宗教>なんてものは、誰かが<否定>したからって消滅するようなもんじゃないでしょう? ただ否定しただけで、何んでも消滅してくれるんなら、誰が手間暇掛けて、おまけに地位や名誉や財産まで掛けて殺人なんかするもんですか。

 ——ハハハ、そりゃまあ、そうだ。

 たとえばねえ、あなたが勝手に神霊の超能力に感応してね、<神的表現者>の<言葉>を天啓として聞くことがあっても、あるいはそれを予言として語ることがあったとしても、そこであなたが何ごとかを<聞き><語っている>という事態を、あたしは否定したり抹殺するつもりなんかはないってこと。ただねえ、この<物語論物語>では、天啓も予言も、誰かの<表現体験>という意味においてはねえ、単なる出任せや科学的統計とか予報と、なんら身分の相違はないってことなのよ。
 ところがねえ、あなたみたいに<信仰>とか<信心>なんていう自己正当化の欲望で武装してしまったヒトビトは、自分だけが特別に<神>の恩寵に預かるべき選民だなんて思い上がってしまうからねえ、ついには自分の<言葉>まで<信ずる>なんていう自愛的欲望によってしか語ることが出来なくなってしまうってわけね。
 しかも、そういうヒトビトは、それが<正しい>ことだと<信ずる>ことによってのみの<正しさ>でしかないことを見定める反省的視座を持ち合わせていないから、そんな自分の独断と偏見の傲慢さには、まったく無頓着だってことなの。結局<信ずる>ってことは、その対象が何んであれヒトを差別し蹴落とすための<暴力>にすぎないってわけね。
 だからねえ、<信ずる>ということによってしか<言葉遊び>も出来ないヒトビトが、ひとたび<自己愛>をとめどなく正当化してくれる<何か>に遭遇すると、もう後は自分で考えるとか、物事を冷静に見定めるなんていうことを一切棚上げにして、ただひたすら<信ずる>ばかりになっちゃうってわけ、でしょう? 
 ねえ、これが<自己喪失>でなくて、いったい何んだっていうの?

 ——ん…、まあ、確かにねえ、<宗教>がある意味においては、自己喪失を抱えているってことについては責任を持ちましょう、ムハハ。
 つまりねえ、いかなる<物語世界>であれ、<宗教>が宗教たりうる最大の眼目とは、苦悩克服にあるってことですよ。いいですか? 苦悩にさいなまれている自分を<喪失>させることが<救済>でないとしたら、いったい君は、<救済>を何んだと心得てるんですか、ハハハ。

 アァア、<救世主>になる望みもないのに<荒ぶる愚神>の暴力的な神霊が乗り移っちゃったってわけ? それにしてもよ、この<思考ゲーム>で<宗教>によるヒトビトの自己喪失を認めてしまうってことは、いいかげんな<神的権能>を捏造する<暴力者>が、己の自愛的欲望によって、ヒトビトの良心の自由を迫害し掠奪するものが<宗教>にすぎないってことを認めることになっちゃうのよ? 
 そんな自己喪失こそが<救済>だとヒトビトに信じ込ませることは、ヒトビトが「自分とは何か?」とか「いかに生きるべきか?」という問いに明確な回答を用意する以前に、ものごとの実相を<見定める>という知見を罪悪と見なすように洗脳することでしかないじゃないの?
 結局あなたは、<救世主>に成りたいばっかしに<宗教>という言い分けで<読者>の心を踏み台にしただけのことなんだから、<宗教>によってしか語れないあなたの<救世主>という人格も、所詮は悍しき自愛的欲望で武装した<表現者>として<読者>の信頼を裏切るためのものでしかないってわけね。

 ——ムムム…。つべこべと、やっかましい!! なっ、なんで、<神>を<信ずる>ことが罪悪なんだ。そういう論法は詭弁にすぎないのだ!! けしからん!!

 ハハハ。ねえ、あなたのその男のヒステリーっていうのは、社会生活に対する自己閉鎖性によって引き起こされる病気なのよ。つまりは単なる発育不全ってことだけどね。
でもねえ、そういう発育不全をうっかり自愛的欲望で武装させてしまうと、凶悪な<暴力的人格>を生み出してしまうってわけだから、あたしとしては、あなたの自立をしっかりと見定めなければならないってわけね。これはあなたの<宗教>なんかよりは、ずっと人助けになるはずなんだ。
 とにかくねえ、<荒ぶる神々>にしても<神的表現者>にしても、そういうのは閉鎖的な社会が自己保身のための排他性によって、民族差別を当然の権利だと考える暴力性から育まれるってわけだから、正に発育不全の権化としか言いようがないもんねえ。

 ——とっ、とにかく、とにかく!! 僕が言うところの<宗教的な自己喪失>っていうのは、苦悩者としてしか在りえなかった自分を<神>のもとへと送り返すという意味においてのみなんだ。だからこの<自己喪失>を<懴悔>と言えば、<神>の祝福によってこそ与えられた新たな自分を獲得したときに、<帰依>と言いうる<宗教的な自己確信>に到達するってことなんだ。その意味からしてもだよ、正々堂々たる<自己確信>というのは、やはり<宗教>によってこそ獲得すべきなのさ。

 ふうん、それにしちゃあ信仰者としての<劇中作家>っていうのは、やけにいじけた<自己確信>しか獲得してないみたいよ。どうしたの? ハハハ。

 ——そ、それは、君が僕の信仰を不当に歪曲しているからさ。
 とにかく、<自己確信>に値する<人格>とか<主体性>っていうのは、もともと<一切世界の創造>を成し遂げた<神>の<恒常不変性>と<自己同一性>によってこそ保証されるべきなんだ。
 その最も顕著な例が<救世主>としての復活に他ならないってことさ。だから<神の愛>を受肉する<救世主>の救済を<信ずる>ことによってこそ、<物語的人格>であるヒトビトは自らの<自己同一性>と<主体性>を獲得しうるってわけさ。
 いいかい、それなのにだよ、どうして自分の<言葉>が<文字>であるなんていういいかげんな自覚だけで、<主体的な人格>が実現できるなんて言えるのかね? ええ!? この尻軽女めが!!
 おおっ、そうだ!! 尻軽女め、ついにあの変態管理人の正体を突き止めたぞ!!
ハハハ、どうだ、恐れ入ったか!?

 どうしてそんなことで、あたしが、恐れ入らなきゃならないのよ? バァーカ。

 ——なっ、なんちゅう、白々しい女!! とにかく、また夕方になってノコノコと現れたから、きょうは取っ捕まえてついに白状させたってわけさ。

 へえ、気弱なあなたが、いったいどうして、あのおじさんの妬みにも似た鋭い眼差しを克服できたの?

 ——ムムッ、そ、それこそが、<神>を信ずるものの強さってわけさ、ハハハ。

 ああ、そっか、<神>とやらで武装して戦略を変換したってわけね。「まあどうぞ、コーヒーでもいかがですか」なんちゃって、得意の軽薄的ポーズで卑屈な態度に出たんでしょ、ハハハ。それで収穫はあったの?

 ——ったくもう、しらばっくれちゃって…。奴は、おぬしの昔のパトロンだっていうじゃねえか、どうだ?

 へえ、今度はパトロンなんだって? ふうん、そういうのも好いわね。

 ——なっ、なんだ? 今度はってえのは、なんだいそりゃ?

 今度は今度よ。前にお店へ来たころは、ええと…、ああ、教師と女学生だったっかな…。そうそう、団地妻と御用聞なんていうのもあったわよ、ハハハ。あのおじさんも、ちょっと変わってんのよね。何回か来てくれたんだけどねえ、そのたびに何んか小道具みたいなもの持ってきて演技してくれって言うのよねえ。それで、変態ごっこだけで終わりなんだけどさ、それがまた結構かわゆいんだ、ハハハ。
 もっとも、あのヒトが定年退職する前だけどね。それにしても、このマンションで管理人やってるなんて、滑稽よねえ。

 ——チェッ、なんでえ、結局は僕も、あのおやじに好いように遊ばれちまったってことかい!? 糞面白くもねえ。それにしたってさ、あのおやじは、何んだってノコノコやって来たんかね? 君がいたら、また変態ごっこでもやるつもりだったってことかい?

 さあ、どうかしら。ま、あたしに遊んでほしかったら、やっぱしお店へ来てくれなくっちゃねえ。お客さんなら、もう思いっきり変態してあげちゃうもんね、ハハハ。

 ——なっ、なにもさあ、あんな年寄りからふんだくらなくったって、好いじゃんか?

 ううん、年寄りってねえ、結構楽しいのよ。とにかくねえ、ちゃあんと暇な時を知ってて遊びに来るのよね。もっとも恥ずかしいからかな…。

 ——チェッ、何だかんだと、金の亡者が…。結局は、老いさらばえた欲望にも毒牙を掛けて、散々甘い汁を吸い上げたっちゅうことじゃろうが、この淫売めが!! アハハハ。
ついに、酔いに任せて禁句を言うてしまった、ウハハハ!! これは快適じゃ!!

 フン、なにさ!! このヨッパライが!! ホレッ…。

 ——痛っ!! もう、暴力的なんだから…。

 所詮あんたは、淫売にたかるダニ男じゃないのさ。いい、あんたみたいなタカリに労働者を笑う資格なんかないのよ!! だいたいねえ、あんたはねえ、いつだってこの淫売のお金でヨッパラッてんのよ!! 分かってんの?

 ——そ、そうか!! それで悪酔いするのか、ハハハ。

 アホ!! もう一発くれてやるわ、ホレッ!! 
 とにかく、あたしの<物語的意志>に対するあなたのようなタカリ的淫乱には、<恒常不変の自己同一性>なんぞが、所詮は<物語的人格>の物象化的倒錯にすぎないことが分からないのだ。これに覚醒しえぬ戯者こそが、この<物語>が眼差す愛の<存在論>におけるインポテンツなのだ!!

 ——イッ、インポテとは、失敬千万!! しっかし、しぶとい女!! 
 今さら<物語的欲望>を盾に取り<愛の眼差し>なんぞとほざきおって、<神の愛>に不感症の頬擦りは見苦しい。<神的表現者>の愛のみならず<物語的欲望>とは、この<救世主>たる僕の愛を<信じて>こそ与えられる<実体的なる人格>が担ってこそふさわしいのだ。

 ふうん、あなたって、そういうトコトン楽天的な性格がタカリをさせてるってわけ?
尤もあなたの場合は、どんな苦境に立たされても生来の意志薄弱を補って余りあるという、その楽天性を失うことのない鈍重にして愚直な感性こそが魅力だもんね、ハハハ。
 でもねえ、やはりあたしとしては、あなたがその無知蒙昧なアホ男の仮面の下で、密かに育んでいる悍しき陰謀を、いつまでも見過ごしておくわけにはいかないのよ。

 ——なっ、なんと、すでに僕は、隠しておくべき事までも、ことごとく君に盗み読みされてしまったあげく、在ること無いことまで言い立てられて、おまけに僕の信仰までもが、もう糞味噌にされてしまったんだよ? そんななけなしの僕が、いったいどんな陰謀を隠せるっていうの!? 今さら暴かれて困るような陰謀なんぞ、あるわけがないじゃないか!?

 ハハハ、やけに向きになってるじゃん、余計に疑われちゃうわよ、ハハハ。
 そもそもねえ、あなたみたいな悪賢い男が、ヒトに見られて悪いものを出しっぱなしになんかするわけないじゃないの? つまりあの内緒話は、もともとあたしに読ませるために用意されてたってわけね。
 そこでとりあえずのシナリオは、あなたが<愚かなる表現者>を名乗ることによって、<神的表現者信仰>と<物語的愛>を繋ぐ<受肉>を正当化しようとしたってこと。無論そんな<愚かさ>が装いにすぎないことぐらいバレルのは百も承知のあなたは、それでもそんな<愚かさ>を装わずにいられない<愚かさ>を獲得できると踏んでいた。
 ところが<愚かなる救世主>として復活したところで、あたしを洗脳しえぬと気付いたあなたは、なんとかこの<物語>を支配するために、<物語世界>の出生という曖昧な領域に目を付けて、<物語的意志>の発動を<愛>に限定し、それを<神的欲望>に擦り替えようとした。
 つまり、<物語世界>の出生が人類出生の曖昧さと同様に、見てきたような嘘を得意とする<宗教的欲求>によってしか語られてこなかったために、いまヒトビトが自らの出生と来歴を語ろうとすれば、たとえ科学的知見によって宇宙の開闢にまで遡ったとしても、結局は宇宙開闢の動機にまで<神>を引っ張り出してしまう有り様だから、出生を同じくするヒトビトと<物語>の存在理由からは、いかようにも<宗教的動機>を拭い去ることが出来ないはずだともくろんだってわけね。
 それは、人間を人間として生きさせる<常識・文化・制度>が、<物語>として語り起こされない限りヒトビトの<無意識>という領域に埋没しているのと同様に、人間が人間としての自覚を獲得しようとするときに、自らの出生を<無意識>の中に探るとすれば、誰もが<無意識>のままに担っている<宗教的動機>に逢着してしまうというわけで、そんな<無意識的な自分>を<自分の来歴>と<神>との関係で語るためには、誰もが<命>を霊魂として語る<霊的世界>に迷い込まざるをえないだろうってことね。
 そこに目を付けたあなたは、<無意識>という曖昧な闇に広がる<霊的世界>なら、明晰さこそが武器の<思考ゲーム>など、その限りない不成就性の明晰さゆえに幻惑しうると考えた。つまりあなたは、<理神論的神>を諦め<霊的世界の権化>たる<神>によって、<物語論物語>の開放性を<霊的物語>として閉鎖しようとしていたってわけね、どお?

 ――また、これだよ…。まったく、どうもこうもありゃしない。
 君の作り話には、もう、うんざりだよ。だいたいねえ、僕がだよ、いつ、<霊的世界>のことなんかについて語ったことがあるんだよ。

 あら、あなたが<救世主>として受肉しようとした<神の愛>って、<神霊>への感応によってしか語れなかったんじゃないの? この<神霊>こそが、<霊的世界>における唯一の救いになるんでしょ? ね? 
 だったら<霊的世界>は、当然ながら措定されてるとみなきゃならないじゃないの?
無論、<霊的世界>とは、あなたみたいな石頭の分からず屋たちが、何遍も生き変わり死に変わりして、もう欲望の正体も見極めがつかないほどにドロドロの欲求不満で呪縛してしまった<物語>ってわけよね。
 それは、とりあえず<不成就性の悪意>から<神仏に至る善意>までを包括しているとは言うものの、所詮は<物語>と同様に<意味>として顕現するにすぎない<虚構・想像の世界>であったにもかかわらず、それなくしては<自分たりうる自分>を獲得できないヒトビトが、自己喪失を免れるために人称的に肉化せずにはいられない自愛的欲望によって、自分の空しさを埋めて余りあるものとして築き上げてしまった世界ってこと。
 そしてあなたは、このドロ沼に降臨する<救世主>として、<物語論物語>の霊的呪縛を図ったのだ!!

 ——そ、それは、根も葉もない中傷だ!! 
 だいいち君は、何を根拠にそんなことを言うんだよ? 僕は、確かに<神霊>については語ったよ、だけど、だからといって、この<物語>を<霊的物語>として語るなんて言ってないじゃないか?

 残念でした。あなたは、宇宙開闢に参画する<神>の<恒常不変的な実体性>によって<神の愛>を語ってしまった。これが、あなたの企みのすべてを語ってるってわけね。
つまりこの<恒常不変的な実体性>こそが、<神の愛>に感応する<自愛的欲望>の闇雲な<自己同一的情熱>を称え、この情熱があるかぎりどこにでも<実体的価値>の存在を保証するというわけだから、ここに<虚構>や<想像>をことごとく実体化させる根拠を見定めなければならないってわけね。
 結局あなたの霊的な企みとは、<劇中作家>の信仰上の確信によって<物語的愛>を<霊的欲望>へと擦り替え、神霊と霊魂の実体性によって<霊的欲望>を実体化しつつ、<救世主>として掠め取った<物語的愛>を、今度はヒトビトの<霊的欲望である信仰心>という実体化的欲望に対してのみ<実体的人格>として付与し、それを<神>の恩寵を授かるものの幸せと言い繕い<神の祝福・救済>なくしては語れぬ<宗教的世界>へと、ヒトビトを<物語>もろとも連れ去ろうというわけなのだ。
 そもそもこれは、あの<生理的表現者>によって<物語>を<作品>として支配する<超越的主体性>の獲得に挫折したあなたが、そのくやしさを<神的表現者>の実体的臆断によって取り繕い、<救世主>というカリスマ性を掠め取ることによって復活しようとする野望と言わなければならない。これが、たとえあなたの<信仰>というルールだとしても、この<物語>の開放性に対する挑発である以上、決定的なルール違反なのだ!!

 ——ムムム。

 だいたいねえ、このルール違反を逆手に取って<愚かなる表現者>を主張しようなんて魂胆はね、己の企みに足元を掬われた戯者にすぎないんだから、自分がその<物語>において担っていた<役柄><人格><存在理由>によってこそ、その<物語的意志>に対する代償を払わなければならないってこと。もはやあなたは、ヒトビトの失笑はおろか同情心に媚びてさえ生き延びることはできないのよ!!
 もう、ここまで貶ちてしまったら、<物語論物語>のみならずたとえば<芸術論物語>においてさえ、霊魂を倒錯的な自己愛で弄ぶ男娼として、誰もが避けて通る汚物に成り下がるだけよ。

 ——ムム…、き、君こそなんだ!? 淫売女に淫売男が非難できるとでも思ってんのかね?まったく図々しいんだから…。

 冗談じゃないわよ!! あたしは、あくまでも健全なる労働者だけど、あなたは、あくまでもヒトビトの善意と真心を掠め取ろうとするタカリじゃないの、フンだ!!
 悔しかったらねえ、尻の穴を洗って毛を抜いて、ついでに抜けるならペニスもボールも去勢した立派な男娼として、新宿だっていい上野だっていい、なんなら吉原千束辺りにでも出て、誰にも笑われないくらいに稼いできなさいよ。

 ——ぼっ、僕はねえ、オカマじゃないんだよ!! 僕のペニスをだね、そう見くびった言い方はしてほしくないね。どうせ言うんならだよ、ホストクラブのジゴロとぐらいは言えないもんかね!?

 バァーカ。あんたみたいに、労働意欲のないただの淫売夫なんかに、ホストは勤まらないのだ!! もはやあなたは、裏の三丁目公園のトイレの裏で、誰もが顔を背けて通るウジ虫の涌いた汚物として、<神>の祝福も届かぬ絶望の果てへと落ちていくしかないの!!
 それはねえ、揺れ動く常識・文化・制度という<物語>の中で自らの存在を物語ることの出来ぬ者として、つまりは今さら何かを主張するほどの主体性も持ちえぬ者として、ただ<物語>が流れるままの<無言の物語的欲望>によって、とめどない<物語>の中に飲み込まれていくだけってこと。

 ——ね、ねえ? こんなときになんですが、その<無言の物語的欲望>って何んですか?

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